あの日、保育園でヘルパンギーナが流行っていると聞いたとき、私はまだどこか他人事のように考えていました。しかし、二歳の息子が熱を出した三日後、私の体にも異変が起きました。最初は喉が少しイガイガする程度で、冷房による乾燥だろうと軽く考えていたのですが、夕方には体がガタガタと震え出し、体温計は一気に三十九度五分を指しました。大人の知恵として、まずは解熱剤を飲みましたが、熱は一向に下がる気配を見せません。それどころか、夜が明ける頃には喉の奥にガラスの破片が刺さっているような、これまでに経験したことのない痛みが私を襲いました。鏡で喉を照らしてみると、真っ赤に腫れ上がった粘膜に白い斑点がいくつも浮き出ていました。これが大人のヘルパンギーナかと、その時ようやく理解しました。息子は比較的早く回復し元気に走り回っていましたが、私は立ち上がることさえ困難なほどの倦怠感に包まれていました。何より辛かったのは、お腹が空いているのに何も食べられないことです。冷たいゼリーでさえ、飲み込む瞬間に激痛が走り、涙がこぼれました。息子が「ママ、遊ぼう」と寄ってくるのを、朦朧とする意識の中で必死に受け止めながらも、心の中では自分の無力さと病気の猛威に絶望していました。夫は仕事で忙しく、頼れる親戚も近くにいない中、高熱の私と病み上がりの息子の二人きりの生活は、まさに戦場でした。水分補給のために経口補水液を少しずつ口に含み、なんとか脱水だけは避けようと必死でした。この経験を通じて痛感したのは、大人が子供の病気をもらうと、そのダメージは数倍になって返ってくるということです。結局、私がまともに食事を摂れるようになるまでには六日間かかり、元の体力に戻るには二週間を要しました。子供の看病をする際には、手洗いとアルコール消毒、そしてタオルの共有を徹底すべきだと頭では分かっていましたが、甘えん坊の息子を抱っこし、顔を近づけてあやす中で、その防壁は簡単に崩れてしまったのです。もし今、お子さんがヘルパンギーナにかかっているお父さんやお母さんがいるなら、伝えたいことがあります。自分だけは大丈夫だと思わず、最大級の警戒をしてください。あの喉の激痛と、動けないほどの倦怠感は、大人の社会生活を完全に停止させる力を持っています。看病の際はマスクを二重にし、食事は別々にする。その徹底した管理こそが、結果として家族全員を守ることに繋がるのです。
子供からうつったヘルパンギーナの激痛と壮絶な看病記録